俺「僕はイエスマン」まどか「氏ね」織莉子「氏ね」かずみ「氏ね」

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俺「僕はイエスマン」まどか「氏ね」織莉子「氏ね」かずみ「氏ね」


[編集] あらすじ

どう見てもいじめられてるとしか思えない主人公がマンホールに欲情して異世界「まどか☆マギカ界」にトリップしてくる

質問には「ハイ」以外で返さないイエスマンの鑑


ほむらに救われ、そこからこの世界のことを次々知っていく「俺」

魔法少女のことを知り、この世界の社会の影を知り、次第に元の社会ですらも逃れられない問題であると知る。

肯定とは何かを見いだせなくなっていく。

清潔であることや便利であることを追い求め続けて、その欲望に押しのけられた「人間としての根源」を無視し続けた人類の末路。

環境はその構成要素で否が応にも変容を強いられ、その反動として構成要素を時に迫害することもある。

結果的にその構成要素は皮肉にも、自分たちを破滅へと導く。


『かの人ら』はこれを「多数派変動」と呼ぶ。人類はこれを「神の思し召し」と呼ぶ。

国家から革命家が、生命体からがん細胞が、そして人間から新人類が生まれ、趨勢を変えるのだ。

ひとえに、少女における魔法少女、というものとて例外ではない。


魔法少女とは何か。子猫ちゃん。

「人」の集う社会と、その「人」からあぶれた異端の存在「魔法少女」。

足枷の老人。手枷の子供。疲弊しきって目減りする一方の生産年齢人口。

脱法児という社会問題。国の手を離れた教育。

未来に光はないのか? 我々のなすべき問題は?

広がる格差。というか天辺と底辺。

無駄にたっけー塔。管理社会。


その社会から、なんとか逃れようともがく国民。

もがけ。脱せよ。


不潔であるということ、不便だということ、知らないということ、死ぬということ、絶望するということ、本当の気持と向き合えること。

落ちぶれていること、堕落するということ、負ということ、呪いということ、劣等感を持つこと。

否定出来る自由。否定する勇気。notの自由な存在。

1か0の二元論に終始せず、全ては全てであるということ。世界は言葉でも知でもない。世界は所詮世界なのだ。

世界は有限に無限だよ。だから世界は、そういう運命をたどるんだと思う。

「その時は子猫ちゃん。キミも一緒だよ。」


「知れよ。肯定し、否定しろ。受け入れろ。それが生きるという、君たち人類に最も欠如した概念だ。」


[編集] その他特筆事項

>>1がどう考えてもマゾでバカ

12/1に立て直した